1,011日目 晴れ
上期の面接をしなければいけないので、あらためて人事制度(評価制度)を確認していたら、bmtiでいうところの「指揮官」であることを求めているとしか言えないような制度なのではないかと思った。
具体的には、成果は定量的に示すべきと言うことから始まり、リソースの最適配分をしているかとか、それは中長期仮説に基づく全体最適の観点から実施しているかとか、ビジョンを示しているかとか、前例踏襲ではなく、課題に照らして最善の方法を選んでいるかとか、人材育成の観点でも、被育成者の伸ばしたいポイントを明確にしているかとか、仕事の目的を伝えているかとか、あれやこれや。
本当に、皆がみんな、共感力を優先しない指揮官キャラを目指させるので大丈夫か??
成果主義をとればとる程、共感力なり、感情は、優先されなくなる(優先しえなくなる)のだぜ??
という疑問は浮かんだ。
まあ多分、おそらくはそうではなく、共感は当然できたうえで、成果に資する能力を伸ばしてほしい(=バランス型人材になってほしい)ということでの設定なのだろうけど、それはそれで求め過ぎでは?と言う気もした。
そして、仮にそれが成功したとしても、究極、金太郎飴人間ができるだけだし、それで、もしそうなったら、それはそれで同質性の高い組織になるだけであり、一層変化に弱い組織になるだけなんじゃないかな?と思うところ。(ただでさえ、伝統的日本社は斜陽だったりするのに)
本当に、金太郎飴人間を作ることが最善なのだろうか。
とはいえ、結局、能力目標はあったとしても、そのための具体的なプロセスはなく、日々の意識改革だけでそれを目指せということだから、まあ実際には無理だろう。だから所詮、金太郎飴というのは杞憂な話。
そうなると、つまるところ、単にそういう性格特性を持った人が評価されやすい、というだけ。だとしたら、この能力目標の意味は??
とはいえ、もっとマクロな目線では、所詮は非ダイバーシティ、金太郎飴なんだろうけどね。(ちなみに、私自身は多様性とやらについては、摩擦多くして益なしではないかと懐疑的。)
今日のワークアウト
自転車ローラー台7km
今日の脳トレ
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